
サイクル旅日記
[2009-05-09]
にほんの里100選ツーリング32 ▽星野村・熊本県(85)
●岩屋キャンプ場→浮羽市(福岡県)→星野村(福岡県)→三日月の滝公園キャンプ場
▽星野村・熊本県(85)
岩屋キャンプ場から県道52号で福岡県星野村へ。浮羽市からは延々と12キロの上り、休みながらゆっくりと上る。星野村の棚田はまだこれから田植えの準備に取り掛かるのだろうか、雑草がおいしげっているところが多い。残念ながら期待はずれだ。一方茶畑はきれいに手入れされている。星野村へ着いたのがちょうど昼時、畑に全く人がいない。商店もしまっているところが多い。やっと一軒食料品を売っている店があったので弁当を買う。もちろん食堂で開いているところはない。そのようなわけで、星野村へ泊まる予定を変更し、別府方面を目指し、キャンプ場があったら泊まることにする。なかなかキャンプ場が見つからない。やっと国道号210号線に三日月の滝公園キャンプ場が見つかった。ここは日帰り温泉、宿泊棟、レストラン、ゴルフ場、キャンプ場を経営していて、温泉は何回でも入ることができる。結局着いたときと寝る前に2度入る。温泉に2度入って少し疲れがでたような感じだ。受付から連絡がいったのだろうか、代表取締役から、東京から自転車できたのですか。ごゆっくりしていてくださいと歓迎の挨拶を受ける。なんだか今日は里の話より、キャンプ場の話が中心となり、申し訳ありません。走行距離107、76km。
写真は星野村の棚田、茶畑、棚田。
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[2009-05-08]
にほんの里100選ツーリング31 ▽皿山・大分県日田市(93)
●防府駅→下関(山口県)→門司(福岡県)→小倉駅(福岡県)→日田市皿山(大分県)→岩屋キャンプ場
▽皿山・大分県日田市(93)
昨日は、防府から国道2号、9号を走って下関へ、下関から海底人道トンネルを通って門司へ、門司から国道3号で福岡県小倉へ。ひたすら走って小倉駅近くの旅館に宿泊。
今日は、小倉から大分県日田市小鹿田へ。小鹿田までのルートは3とおりある。国道3号で福岡回り、国道10号で中津回り、国道322号で真南へ向かうルートだ。国道10号の中津回りが、距離は長いが、上りが少ないようだ。このルートで行こうと走り出したが、走っているうちになんとなく気が変わって、最短ルートの322号回りに。途中の国道500号7、5 キロが全て上り、必死に走って、国道211号に入ると下り、国道211号は正に陶器街道、多くの窯元が並んでいる。寄ってみたい気持もあったが、快適な下りなので走り優先とする。小鹿田近くの岩屋キャンプ場で荷物を置いて小鹿田へ向かおうと、管理人に道を尋ねると、小鹿田は自転車では大変だよ。例によって、どこから来たの。東京から、のやりとりの後、管理人がクルマで送ってくれることに。そして窯元巡りが済んだらまた迎えに来てくれるという。本当にありがたい。小鹿田ではろくろを回して作業中の坂本一雄さんに話をうかがう。手を休めて説明してくれる。小鹿田は10軒の窯元が家族で300年にわたり窯を守り続けている。弟子をとるというようなことはせず、男子がいない場合は養子をとって代々継承し続けている。陶土完成までの工程は、全て手仕事のみで行っている。土を10日間程乾燥、さらに2週間程かけてししおどしの原理の唐臼でつきあげる。水槽に入れ、撹拌、ゴミや砂を取り除き、沈殿した泥土で水槽がいっぱいになるまで繰り返す。水分のみ下に浸透し落ちるように工夫された「おろ」と呼ばれる水抜き台に移し、手ですくえる位になるまで水分を抜く。乾燥用の素焼鉢や素焼窯に移し、成形に適した硬さになるまで放置する。ここまで約1ケ月かかる。ひと窯分の陶土を用意するには2ケ月かかる。坂本さんの説明をうかがって、永い歴史と伝統を守りながら、じっくりと手仕事に取り組む姿勢に、代々継承し続けるのは技だけではなく小鹿田の心だと思った。走行距離72、32km。
写真は海底人道トンネルの門司側、陶器の天日干し、共同窯、唐臼、陶土攪拌作業。
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[2009-05-06]
にほんの里100選ツーリング30 ▽米川東部地区・山口県下松市(74)▽徳地串・山口市(75)
●光市→米川東部地区(山口県下松市)→徳地串(山口市)→防府駅(山口県防府市)
▽米川東部地区・山口県下松市(74)
▽徳地串・山口市(75)
虹が浜海岸キャンプ場から下松市米川東部地区へ。米川東部地区の滝の口の集落で除草作業をしている人に声をかける。フジムラさんという。例によって自転車で東京から来たというと、それではせっかくだからと言って、案内してくれる。ドンコは写真の奥、この集落に流れる小川にいる。末武川では川の砂を掘って、蛍の幼虫を探して見せてくれる。蛍の養殖は小学生がやっている。ダムができてから、魚の種類も数も大分少なくなったという。後山では、ナイトウさんという方が、この集落は7戸だが、散在しているので、連絡には地区の入口に交流ボストを設置して、高齢者の安全確認や地域の絆を強めていると説明してくれる。とおりがかった温見(ぬくみ)、道谷、大藤谷では、道端の大師の清掃や献花が行われている。米川東部地区には、商店が全くない。持ってきたパンを食べ、午後からは山口市徳地串に向かう。
串では串交流センターへ行ってみる。休館日だ。帰ろうとすると中から声をかけられた。センター長の山本美知子さん。にほんの100里選に選ばれたところを訪ねていると言うと、この地区は高齢化率が50バーセントを越えており、一人暮らしの高齢者等に声を掛け合う等、地域福祉の面で選ばれたという。ボランティア活動の会長から直接話を聞いてみてはと言い、電話でセンターによんでくれる。ゆたかな串を育てる会会長でにほんの里100選に応募した山本彰治さん。会長は、初めに藤本さんですか、森林文化協会のホームページで藤本さんの旅日記を読んでいますという。嬉しい初対面の挨拶を受ける。会長は海上自衛隊で潜水艦に乗っていたが、定年後の平成8年から地域でボランティア活動に携わっているという。会長の説明によると、育てる会の委員は44人、地区の戸数202戸、人口439人、65歳以上52、4%、75歳以上の一人暮らし34人。この地区は昔から人情の厚いところで、行政の手の届かないところ、隙間をボランティア活動によって補っている。今回にほんの里100選に選ばれたことで、市長や議員がここにきてくれたり、ボランティアの人たちの大きな励みとなっているという。もっとゆっくりお話を聞きたかったがすでに午後4時30分。串に泊まるところはない。防府(ほうふ)市まで行かないと泊まるところがない。防府まではクルマで40分。自転車では暗くなってしまいそうなので、道順を教えてもらい失礼させていただく。ノンストップで走り、防府駅に午後6時前に到着。駅前のビジネスホテルに宿泊。いよいよ明日は九州目指して走る。走行距離87、59km。
写真は米川東部地区滝の口、蛍が飛ぶ末武川、道谷の大師、串の集落、串交流センター。
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[2009-05-05]
にほんの里100選ツーリング29 ▽祝島・山口県上関町(73)
●笠岡市→広島市→柳井港(山口県柳井市)→祝島(山口県上関町)→室津→虹が浜キャンプ場(山口県光市)
▽祝島・山口県上関町(73)
一昨日は、次の目的地山口県祝島までは約200キロ、2日がかりのコースとなるので、経済コースの国道2号線をひたすら走って広島市へ。走行距離131、89km。
昨日は、広島市から国道2号、国道188号を走って山口県柳井港へ、柳井港から連絡船で祝島へ。連絡船を降りて、先ず目に入ってきたのが原発反対の看板だ。走りだそうとすると藤本さんですかと声をかけられた。柳井港から電話予約をしておいた民宿くにひろのご主人が迎えに来てくれていたのだ。民宿までの路地には防火と防風を兼ねた練塀が家々を取り囲む、舟板を使った家もある独特の景観。夜、民宿のご主人が島のことを話してくれる。人口は500人。豊かな海と土地を背景に農漁業を中心とした生業が永く島に根付いている。無農薬、有機栽培のビワを特産とする農業、周防灘での一本釣漁業が中心。北海道からUターンした氏本さんが耕作放棄地で牛と豚を通年放牧。旺盛な食欲と鼻先で土を掘り返すことで、草木で覆われた荒地を数ヵ月で農地に変えてしまう。豚の飼料は島内からでる豆腐がらや野菜くず等で賄う。原発反対についてたずねると、原発の建設計画が持ち上がって以来、島では原発反対の住民組織を結成、反対運動を続けており、毎週月曜日の午後7時からデモ行進を行っている。自分も島の将来のため反対運動を続けているという。走行距離69、99km。
今日は、昨夜民宿のご主人からうかがった、ビワ栽培と豚の放牧による耕地再生の現場に行く。水田で農作業をしている女性にビワ栽培と豚の放牧についてたずねると、ビワ栽培はウチでやっています。案内しましょうと言って、農作業を中断して案内してくれる。林さんといい、水田を70アール、ビワを60アールの農地に栽培している。米は有機栽培、水は山からの湧水と井戸水、土も良いので品質が良いのだと思う。個人の方に販売している。ビワも米の収穫の後、その藁を根元にしき、無農薬、有機栽培。資源循環型農業をやっている。米とビワの収入面での比較では、ビワのほうが断然良い。ビワの畑では、まだ完熟には少し早いのですがと言って、ビワを採ってくれる。糖度が高いのだろうか、口の中で甘味がフワァーと広がりとても美味しい。もう氏本さんが畑に来ているころだからと言って、隣の畑の氏本さんを紹介してれる。氏本さんは、北海道で牧場経営に携わっていたが、両親が農作業ができなくなったのでUターン。放置されている農地を豚の放牧によって再生し、じゃがいも等を栽培している。豚の飼料は島内からでる野菜くず等で賄っている。島内の人が食べるものの残ったものなので安全だ。糞も野菜くず等を食べているためあまり臭わない。放置された農地も放牧により6ケ月でほぼ使用できるようになる。いまは牛5頭、豚10頭だが放置されている農地を使用できればもっと増やすことができる。氏本さんも林さん同様資源循環型農業を目指している。島で昼食をとった後、連絡船で室津に渡り、県道23号、国道188号を走り、山口県下松市に向かったが、下松市の手前数キロのところで、光市虹が浜海岸キャンプ場という海浜のキャンプ場があったので泊まることにする。走行距離43、31km。
写真は祝島の水田、ビワ畑、豚の放牧で再生される農地、舟板を使った民家、練塀。
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[2009-05-02]
にほんの里100選ツーリング28 ▽真鍋島・岡山県笠岡市(70)
●尾道駅→真鍋島(岡山県笠岡市)、笠岡市
▽真鍋島・岡山県笠岡市(70)
広島県尾道市から岡山県笠岡市まで戻って真鍋島へ船で渡る。尾道から笠岡では逆方向に進んでいるのではと思われるかも知れないが、四国から真鍋島へ直接行くルートがないのでやむおえないのだ。島のなかを歩くと、瓦葺きの焼き板や船板を張った家屋、狭い路地が古くからの漁村風景を感じさせる。集落の中でダンボールを背負って坂道を下ってくる人にすれちがった。ヤマモトさんといい、今キャベツを採ってきたきたところだという。キャベツやゴーヤ等の野菜の栽培をして、あとは年金で生活している。島の人口は305人、高齢者ばかり、市の重要無形民俗文化財に指定されている走り神輿も、以前は秋に行っていたが、今は5月の上旬の3日間で行っているという。島内に若者がいなくて担げないから、ゴールデンウィークに変更し、島外から帰ってくる若者が担いでいる。そのくらい若い人がいなくなってしまったのだという。瀬戸内海が見渡せる素晴らしいキャンプサイトがあったので泊まろうとしところ、キャンプ禁止の掲示がある。島でキャンプをしようとしたのに残念だ。このため真鍋島での宿泊を変更し、笠岡に戻ってユースホステルに泊まる。走行距離44、54km。
写真は真鍋島の集落、小学校、焼き板を張った真鍋邸、祭りの大漁旗。
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