サイクル旅日記



[2009-06-14]
にほんの里100選ツーリング52 ▽円山川流域・兵庫県豊岡市(58)
●智頭町(鳥取県)→大師山自然公園キャンプ場(兵庫県豊岡市)→円山川流域(豊岡市)→世屋高原キャンプ場(京都府宮津市)

▽円山川流域・兵庫県豊岡市(58)
 6月13日 西谷新田から豊岡市へ。途中どこかで泊まろうと思いながら、なんとなくとうとう豊岡市まで走ってしまった。今日は少し走りすぎだ。豊岡市大師山自然公園キャンプ場泊。走行距離141.99km。
 6月14日 キャンプ場を出ようとすると、入口で草刈をしている人がいたので、コウノトリはどこでみられるか尋ねてみる。加陽地区だという。加陽地区で散歩をしている人がいたので話かけてみる。加陽東浦水利組合理事長の長砂さんで、コウノトリの餌場の保全にも携わっている。この地区の湿原は国の減反政策で米作りをやめた所。面積は17町歩。国のビオトープの補助金がついていたので、水路を作って湿原にし、魚を放流したり草刈をしたり、コウノトリの餌場の保全に努めてきた。しかし平成19年度で国の補助金が打ち切られた。20年度は市の単独の補助金がついたが、21年度以降はどうなるのか心配だという。残念ながら今日はここではコウノトリはみることができなかった。長砂さんに玄武洞ミュージアムの杞柳細工の実演と加島地区のコウノトリの餌場をぜひみるようにと勧められたので行ってみる。残念ながら今日は杞柳細工の職人が来ないということで実演はみられない。製品があるのでたずねてみると、杞柳製品は円山川のもたらす湿地と肥沃な土が杞柳「コリヤナギ」の生育に適している。製品は柔らかさと適度な硬さを備えており、親しみのある味わいにあふれているという。戸島地区では待望のコウノトリをみることができた。飛んでいるのが2羽、湿原にいるのが2羽。残念ながら遠くの方にいるため携帯の写真ではよくわからない。
 このあと宮津市上世屋を目指す。国道178号までは順調に走ってきたが、府道75号から世屋高原キャンプ場までは11kmの上り。80kmあまりを走ってきてからの上りはきつい。この上りに1時間30分もかかってやっとキャンプ場に到着。走行距離88.60km。
 写真は加陽地区の湿原と戸島地区の湿原。

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[2009-06-12]
にほんの里100選ツーリング51 ▽阿波・岡山県津山市(69)▽西谷新田・鳥取県智頭町(66)
●智頭町(鳥取県)→阿波(岡山県津山市)→西谷新田(鳥取県智頭町)

▽阿波・岡山県津山市(69)
▽西谷新田・鳥取県智頭町(66)
 智頭宿からいきなり12kmのヒルクライム。1時間30分もかかる。でも今日は旅館に荷物を預け、ハンドルバーバッグひとつの身軽ないでたち。荷物がないので休まず上ることができた。まず津山市阿波支所へ行く。担当者が出かけていたので資料をいただき村内を走ってみる。大高下、大杉の集落では茅葺き屋根の民家や道ばたには水車が残っている。また、津山市施行80周年、阿波地域にほんの里100選選定記念事業として、7月11日にはフォーラムを行うという。
 阿波村のあと智頭の旅館に戻って、新田に行く。新田では新田むらづくり運営委員会の初代会長での岡田一さん、現会長の岡田和彦さん、パン工房アイの早瀬さん、清流の里のマネイジャーが迎えてくれる。酒をくみかわしながら新田の話を聞く。皆さんの話では、新田集落は、昭和30年には22戸107人が住んでいたが、現在では17戸49人、高齢化率は60パーセントを越える。農林業は土地を荒らさないためだけで耕作をしている。特に林業では80パーセントの外材輸入に押され、みるかげもなく衰退している。こうしたことから、小回りがきき、すみずみまで手の届くことを自分たちでやってみようと、集落丸ごとNPOを立ち上げた。もちろんたった20戸ほどの集落だからなにほどのことができるわけではなく、遅々として思うような成果はないが、厳しい事業運営のなかからほんの少しではあるが、集落活性化基金を積み立ている。こんな話を酒をくみかわしながらできた。とても暖かい人たちと楽しいひとときを過ごすことがてきた。機会があればまた訪ねてみたいと思う。走行距離65.37km。
 写真は阿波村の八十八番札所、水車、茅葺屋根の民家


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[2009-06-11]
にほんの里100選ツーリング50 ▽別所・国信・鳥取県湯梨浜町(65)▽西谷新田・鳥取県智頭町(66)
●西ノ町別府港(島根県)→境港(鳥取県)→道の駅ポート赤碕→別所・国信(鳥取県湯梨浜町)→西谷新田(鳥取県智頭町)

▽別所・国信・鳥取県湯梨浜町(65)
▽西谷新田・鳥取県智頭町(66)
 6月10日 国賀海岸から別府港へ。別府港でフェリーを待っていると雨が降り出す。鳥取県境港で雨が降っていれば港の近くで泊まることを考える。ところが境港へ入港すると雨は降っていない。次の目的地の湯梨浜町には今日中には着ける距離ではない。走れるところまで走ろうと、国道431号から国道9号を走る。4時30分ごろに風が強くなってきた。猛烈な風でハンドルがとられる。危ないので自転車を降りてて押すことも。宿もない。しばらく走るとポート赤碕という道の駅があったので、危険を避けて、ここに泊まることにする。走行距離90.04km。
 6月11日 赤碕から湯梨浜町別府、国信へ。集落と周辺の里山に手入れの行き届いた梨園が広がる。落ち着いた家並みが山沿いに続く。梨園で作業をしていたカワハラさんご夫妻に話を聞く。カワハラさんは50年以上梨の栽培をしている。15アールの梨園で年4.5トンの収穫がある。戦後の一時期はよかったが、最近は肥料や農薬などが高くなって大変。この集落には43戸あるが、梨の仕事をやっているのは27戸。年寄りばかりで後継者も少なくなって、梨の仕事を続ける人もだいぶ減ってしまったという。
 続いて智頭町へ。まず役場へ行き企画室長の岡田さんの説明を受ける。新田は日本の農村の原風景を彷彿させる素朴な景観を残している。人形浄瑠離は明治初期より初められ、今も脈みゃくと受け継がれ、全国人形サミットをはじめ、各種イベントに参加している。また集落を丸ごとNPOにして交流事業等を行っている。NPOは宿泊と食事ができる施設も運営している。ただこの施設の宿泊は前もって予約が必要。このため今日は紹介していただいた智頭宿の宿に泊まることにし、明日は宿に荷物を預け、身軽になって激坂を上って岡山県阿波村に行き、智頭に戻ってNPO経営の新田の宿泊施設に泊まることにする。走行距離102.44km。
 写真は別所の梨園。



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[2009-06-09]
にほんの里100選ツーリング49 ▽西ノ島町・島根県(67)
●松江市本庄→美保関町七類港→西ノ島町別府港→西ノ島町(島根県)

▽西ノ島町・島根県(67)
 松江市本庄から島根県美保関町七類(しちるい)港へ。七類港からフェリーで隠岐諸島の西ノ島町別府港へ。島に着くといままで雲っていた空から太陽がさしてくる。まず牛馬が放牧されているいる島の東南部を目指す。激坂を上って摩天崖展望所へ行こうとすると、途中で牛が道路をふさいでいる。自転車を降りて恐る恐るその横をそおっと通って展望所へ。この辺りは牛馬の放牧で草地景観が保たれている。またここからの景観は素晴らしい。残念ながら逆光で、携帯の写真では素晴らしい景観が表現できない。続いて国賀海岸へ。ここも海触断崖が続く素晴らしい景観だ。すっかり隠岐(お気)にいりのところとなって、ここに泊まることにする。走行距離28.91km。
 写真は西ノ島摩天崖からの展望と国賀海岸。


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[2009-06-08]
にほんの里100選ツーリング48 ▽斐川町・島根県(68)
●温泉津温泉(島根県)→斐川町→松江市本庄

▽斐川町・島根県(68)
 中島さんご夫妻と温泉津温泉の焼物の里で登り窯を見たり、中島家の畑で奥さんが栽培しているバラを見てからスタート。国道9号で斐川町へ。斐川町では、町なかを自転車で走り、これはと思った築地(ついじ)松を写真におさめる。素晴らしい築地松の家の前で農作業をしている人に声をかけてみる。東京から自転車で築地松を見にきたというと、お茶でも飲んでゆけと、農作業をやめて自宅に招かれる。自分の畑で採れたというかぼちゃの煮物とお茶を飲みながら話を聞く。嘉藤さんといい、もう80歳をすぎたが生まれたときからこの家に住んでいる。農業をやっており、主に米、麦、大豆を作っている。築地松は先祖代々から伝わってきたものでいつごろ植えられたかはわからない。この辺りは海からの風が山を越えて強く吹き降ろしてくるので、昔の人の知恵で防風のため植えられたもの。手入れは3、4年ごとに行っている。消毒はしているいるが、最近は松くいむしにやられ、この地区でもずいぶん少なくなってきたという。松の太さは、嘉藤さんと私で手をまわしてもとどかない。そのくらい太い。嘉藤さんが言うように何百年もたっているのだろう。ずっと保存されることを願うばかりだ。明日は隠岐の西ノ島に島根県美保関町七類港から9時30分のフェリーで渡るため、走れるところまで走ろうと、松江市本庄まで走り、この町に泊まる。走行距離106.48km。
 写真は斐川町の築地松。

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