7. 萩荘・厳美の農村部

萩荘・厳美の農村部(はぎしょう・げんび)岩手県

中世の稲作景観を継承

小河川、農地、山林が入り組む。萩荘のため池群、中世の稲作景観を継ぐ厳美町本寺地区の風景など、農の歴史が大地に刻まれる。

  • 交通:東北道一関ICから車で7分/JR東北本線一ノ関駅から車で20分
  • 特産:
  • 食事:新鮮館おおまち 0191-31-2201 食事 : 村の迎賓館んめぇがすと(古民家)0197-52-4111/農家民宿と心の料理 有賀の里たかまった(蔵座敷・要予約)0228-32-5857
  • 宿問い合わせ:一関市役所商業観光課 0191-21-2111
  • 関連ウェブサイト:一関観光協会

※ 交通アクセスや店舗情報などは、お出かけ前にご確認ください。

※ 車ナビは、里を訪れる際の目標ポイントを数値化したマップコードで、()内が施設名や地点です。地図では★で示しました。カーナビのマップコード検索で利用できます。

7. 萩荘・厳美の農村部

2012年11月16日

ルポ にほんの里100選⑦ 藤原勇彦 グリーンパワー2011年7月号から

 

侵略的外来種駆除が進む / 「イーハトーブ」理想郷

 

ため池で水棲昆虫を採集する和歌山・向陽中学の生徒たち

 東日本大震災から2カ月余たって、東北に遅い春が来た。岩手県一関市郊外、萩荘(はぎしょう)・厳美(げんび)の農村部では、里山の木々の新芽が光り輝き、柔らかに盛り上がっている。最近ではなかなか見つからないニホンタンポポの群落、ニホンミツバチの巣箱。さまざまに表情を変える自然と多様な生きもの。おだやかにかかわる人の暮らし。長年この地域で自然保護に力を尽くしてきた宗教法人・知勝院の元住職、千坂嵃峰(げんぽう)さんは、宮沢賢治の描く理想郷と、土地の川の名前をとって「久保川イーハトーブ世界」と呼ぶ。2009年には、自然再生推進法に基づき、地元のNPOや自然保護団体などによる「久保川イーハトーブ自然再生協議会」が結成されている。

 ここで5月14・15の両日、第7回野生サクラ草サミットが開かれていた。岩手県内に多い野生サクラソウの保護を通じて自然回復に関心を持つ参加者が、実践報告を行い、棚田や水辺、広葉樹林を歩く。自然再生協議会のメンバーで、東京大学保全生態学教室の鷲谷いづみ教授も、講演に来ていた。ため池では、遠く和歌山県海南市から来た、県立向陽中学の理科部の生徒たちが、網で水棲昆虫をすくい、めったに見ることのできない生きたゲンゴロウなどに、歓声を上げている。「イーハトーブ世界」の生きものたちのにぎわいが、訪れる多様な人々を歓迎していた。

 

▪日本初の樹木葬墓地▪

 

明るい光が差し込む知勝院の樹木葬墓地

 千坂さんは、「このあたりの山は、荒れたところを手入れすると、それだけでニッコウキスゲやサクラソウが自生し、さまざまな林床植物が咲き出します。土の中にシードバンクが残っているのです」という。

 知勝院は自然再生協議会の中心メンバーとして久保川イーハトーブ自然再生研究所を設立するとともに、10年ほど前から日本で初めて、里山と共生する樹木葬墓地を運営している。樹木葬は、知勝院が所有する里山に、法律上の墓地の許可をとり、遺骨を地中に直接埋葬するもので、墓石の代わりにヤマツツジなど地域の樹木を植える。案内書によれば「仏が花へと生まれ変わり」「多様な命のあふれる里山世界の一員になる」ことを象徴している。管理が行き届かず荒れていた里山を墓地として整備し、地域に合った樹木を植えることで、さまざまな生きものがよみがえり、自然が回復されることを目指す。契約者は1700人を超え、木漏れ日の差しこむ里山のそこここには、埋葬された人の小さな木の名札がみえ隠れしている。

 

▪生物多様性の理想地域▪

 

 さらに4年ほど前から、東京大学保全生態学教室の研究者たちが、地域の生態系を調査するなど、科学的視点からの支援を行っている。研究員の1人、須田真一さんによれば、この地域の生物多様性をもたらした地理的条件と伝統的な暮らしは次のようなものだ。

 須川岳(栗駒山)の東麓に位置する久保川周辺は、溶岩流の高台で表面の土壌が薄く貧栄養。山の尾根にはアカマツ林が多く、傾斜地には、コナラ、アカシデなどの広葉落葉樹林が多い。田んぼには不向きの土地柄で、昭和になって土木技術が発達し、やっと山の斜面に棚田がつくられるようになった。高台に深い峡谷を刻む川からの取水は困難で、灌漑(かんがい)用として作った小さなため池が、今でも600以上ある。人手をかけて伝統的な管理が行われ、水棲生物の宝庫だ。高度成長期以降も、細かく起伏する地形では耕地整理が進まず、稲作だけでは暮らしが成り立ちにくかった。そのため広葉樹林を炭焼きに使い、最近ではシイタケ栽培に利用するなど、森に依存する暮らしが続いていた。

 このような、農業には困難が多い環境が形作った、水田、ため池、広葉樹林の絶妙なモザイクの各所で、よそでほとんど見られない希少種が当たり前に生息している。ため池や田んぼでは、ヒツジグサ、ジュンサイ、タヌキモ、ミズオオバコなどの水生植物、メダカ、ギバチ、キンブナ、ドジョウなどの魚類、カエルなど両生類、トンボや水棲昆虫、各種のホタル。湿地にはモウセンゴケのような食虫植物も。「イーハトーブ世界は生物多様性の理想地域です」とまで須田さんは言う。

 

▪忍び寄る侵略的外来種▪

 

 しかし、この「理想郷」にもここ10年、侵略的外来種という新たな脅威が忍び寄ってきた。過疎化と高齢化で、棚田やため池、森の管理が行き届きにくくなっていることが、一因とみられる。ウシガエル、アメリカザリガニ、オオクチバス、セイタカアワダチソウ、アレチウリなどの侵入が確認され、ウシガエルが生息するため池や田んぼでは、大型の水棲昆虫がいなくなるなどの影響が出て、対策が急がれる。現在、自然再生協議会では、調査にもとづく分布拡大予測やリスク判定を行い、外来生物法に基づく排除計画を策定、実施している。ウシガエルやアメリカザリガニの排除には、海でアナゴをとる「アナゴカゴ」が威力を発揮している。「自然再生は、なかなか結果が目に見えないものですが、ここではウシガエルが減ると、ゲンゴロウなどの大型水棲昆虫が、すぐ戻ってくる。やりがいがあります」と須田さん。休耕田に繁殖するセイタカアワダチソウも、地域有志が汗を流して駆除している。

 「久保川イーハトーブ世界」は、100年後の子どもたちに地域の文化・自然遺産を伝える、ユネスコの第1回プロジェクト未来遺産にも登録されている。今回の大震災でも、一部のがけ崩れなどを除き、大きな被害は免れた。イーハトーブ世界の小さな生きものたちのにぎわいは、震災後の東北の未来を模索する、確かな手掛かりに違いない。

       ◇

 樹木葬に関する問い合わせは、〒021-0102 岩手県一関市萩荘字栃倉73-193 知勝院(電話0191-29-3066)へ。

                  (グリーンパワー2011年7月号から転載)

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