栄村(さかえむら)長野県

雪の秘境は山里博物館

豪雪地帯。秘境・秋山郷を含む。クマ、カモシカなどの動物や山菜、キノコの宝庫。コネバチ、おやきなど、山里の暮らしも保つ。

  • 交通:関越道塩沢石打ICから車で50分/上信越道豊田飯山ICから車で40分/JR飯山線森宮野原駅から徒歩3分
  • 特産:山菜、キノコ、エゴマ
  • 食事:森宮野原駅交流館ふきのとう 0269-87-3311
  • 直売:栄村物産館「またたび」0269-87-3180
  • 宿問い合わせ:秋山郷観光協会 025-767-2202
  • 関連ウェブサイト:栄村観光協会

※ 交通アクセスや店舗情報などは、お出かけ前にご確認ください。

※ 車ナビは、里を訪れる際の目標ポイントを数値化したマップコードで、()内が施設名や地点です。地図では★で示しました。カーナビのマップコード検索で利用できます。

2012年10月29日

ルポ にほんの里100選③ 藤原勇彦 グリーンパワー2011年3月号から

 

冬の「むらたび」で伝統行事に活気 / 雪に負けず子供たちの笑顔弾ける

 

「おんべ」では、こんな小さな子も朝早くから頑張る

 1月9日午前3時、空には、くっきりと冬の星座がまたたいている。長野県の最北端、栄村の箕作(みづくり)集落。今年の雪は、このあたりにしては少なめで、まだ1・5㍍ぐらいしか積もっていない。でも、気温は間違いなく氷点下。凍てついた氷の道をパリパリと踏み割って、集落の高みにあるお寺の門前に、子供たちが集まってきた。総勢20人ほど。上は中学生から、下は父親に手をひかれた2歳になるかならないぐらいの幼児まで、全員が男の子。集落の伝統行事、道陸神(どうろ

くじん)の口切り、「おんべ」がこれから始まるのだ。

  

家々を巡る「おんべ」の行列

 

 道陸神は、一般的には「どんど焼き」と呼ばれ、しめ縄やお飾りを燃やす子供の祭りだ。本来は1月15日の小正月に行われるが、このごろは、学校が休みになる成人の日があてられることが多い。「おんべ」とは、正確には先端に神様の顔を描き、短冊に切った白い和紙を房のようにしばりつけた長さ1㍍前後のクルミの白木の棒のこと。これを子供たちが1本ずつ持って、各戸を巡る。家の門口で「だせ、だせ、だせ、だせ」と掛け声を張り上げながら、「おんべ」で梁(はり)や壁、土間をつつく。家の中の災いのもとをすべて外に出せという意味だという。

 50軒弱の集落を順々に回って歩く途中、とある1軒で「嫁つつき」が行われた。この1年で嫁を迎えた家の新婦が、布団をかぶって「お

去年集落にやってきた「新婦」に祝いの「嫁つつき」

んべ」で背中をつつかれる。新郎は外で、大人たちに胴上げされ雪の中に放り出される。「婿投(むこな)げ」だ。新しい住人を清め、この地に居ついて、丈夫な赤ちゃんが生まれるようにと祈りをこめる。

  

村の「ええとこ探し」から

 

 「今年のおんべは子供が多くて、にぎやかでよかった。でも、本当は、ここの集落の子供は数人だけなんだ」。集落の長老がやや複雑な胸の内を語る。高齢化と過疎化。人口2300人余の栄村も例外ではあり得ず、このところ毎年平均40人近く人口が減少し続ける。児童や園児も減っている。今年は、適齢の男の子が少なくて、「おんべ」ができるかどうかすら、危ぶまれた。そこへ助っ人でやってきたのが、地域起こしのNPO栄

道陸神では縁起物のミカンやお菓子がふるまわれる

村ネットワークが仕掛けている「むらたび」の参加者だった。

 「むらたび」は数年前、村の40代、50代の10数名が、箕作の公民館に集まったのがきっかけで生まれた。「観光で地域活性化といっても、俺たち自身村のことをあまり知らないのじゃないか」。仕事と地域の共同作業に追われるこの世代は、普段は足元を見つめる時間的余裕があまりない。そこで意識的に始めたのが、村の「ええとこ探し」。栄村ネットワーク理事で京都精華大学の松尾真さんを中心に、月に1回、朝から弁当を持って集まり、軽トラで村内を回る。山間の棚田に落ちる夕日の美しさ。水源から集落へ巧緻に築かれた灌漑(かんがい)水路。埋もれていた古道・志久見街道の整備。新たな観光の材料探しは、同時に、村の暮らしの見直しだった。たまたま栄村が「にほんの里100選」に選ばれた時期とも重なり、何十年も見慣れてきた景色や生活習慣をベースに、自分たちで手づくりする「むらたび」観光が始まる。

 古道を歩きながら山菜を採る春の旅。ブナ林や棚田の散策と川での水遊びは夏の楽しみ。秋は地元の人だけが知っている紅葉スポットへ。村人が、農作業や仕事の合間を縫って、ガイドに出る。少しずつ、さまざまな「つて」でやってきた都会の人々が、栄村の暮らしに感動して帰ってゆく。

 そして、冬。昭和20年に7㍍85の積雪を記録した栄村。12月から、遅い時は春の連休前まで、分厚い積雪に埋もれる。一晩にメートル単位で積もる雪、屋根の雪下ろし、早朝の道路で轟音を響かせる除雪車、飯山線の車窓から見る雪景色……雪の下で、ただ息をひそめるのではなく、これらを「資源」として積極的に活用できないか。

  

外とのつながりから将来を▪ 

 

 冬の「むらたび」こそ、栄村のこれからにつながる。そう松尾さんが考えているとき、箕作集落から、「おんべ」に参加する男の子の助っ人を、というSOSが聞こえてきた。地域の祭りの一部を、外部に開放しようという英断だ。「これは、目玉になるかもしれない」。男の子と付き添いの大人を対象に「村の伝統行事に参加の旅」が、急遽(きゅうきょ)募集された。応じたのは、これまでも田植えや雪遊びでしばしば栄村を訪れたことのある、東京の東大駒場地区保育所の卒園生たちだ。

 小学2,3年の6人と保護者4人。子供たちは、「若衆宿」の伝統にのっとり、親と離れて集落に「民泊」。地元の中学生の指導で、早朝から「おんべ」を振るって大声を張り上げ、道陸神で撒(ま)かれる縁起物のミカンやお菓子を懸命に拾い集めた。民家のこたつを囲んで、干し芋や山菜の煮物、干し柿、おはぎなど、手作りのお茶請けをつつき、スキー場では思う存分雪遊び……一行は冬の栄村を満喫して帰って行った。

 各地に散っている村出身者の子弟も参加して、今年の「おんべ」はそれなりのにぎやかさが戻った。農事の歳時記と実際の暮らしのずれから、土地の人にとっても意味が薄れつつあった地域の伝統行事が、外部とのつながりを通して見直された、と言えるかもしれない。2月の「むらたび」には、東京の旅行社が募集した団体もやってくる。雪が解けたら、村を流れる千曲川でラフティングを始める企画も進行している。伝統の暮らし、自然を生かした「むらたび」が、やがては地域の過疎化にブレーキをかけることを、松尾さんは願っている。 

 「むらたび」への参加申し込みや問い合わせは「栄村ネットワーク」(電話 080-20 2 9 -0 2 3 6、FAX0 2 6 9 -87-2131、〒389-2702 長野県下水内郡栄村大字北信3950-5)へ。 

                             (グリーンパワー2011年3月号から転載)

2012年10月02日

ルポ にほんの里100選⑯ 藤原勇彦 グリーンパワー2012年4月号から

    

震災の年に6年ぶりの豪雪 / 雪の重みを現地の暮らしに見る

   

   

 北国では今年、平成18年以来の豪雪だった。総務省消防庁の速報では、2月24日までに雪下ろし中の転落事故や落雪の下敷きになるなどで、全国で109人の死者、700人近い重傷者が出たとされる。春が来れば、とかく記憶の彼方に遠ざかりがちだが、雪害対策は、大雪が降っているその瞬間だけ世間の関心が集まればよいというものではない。1年前の東日本大震災の翌朝、震度6強の揺れに見舞われ、家屋や田畑、道路や橋に大きな被害を受けた長野県栄村には、この冬、役場のある森地区で最大3㍍47㌢の積雪があった。山沿いの集落では、積雪は、さらに深い。地震と豪雪、両面から被害をこうむった栄村。「雪が害をなす」背景には、物理的な雪の深さだけでなく、地域の暮らしの形の変化が存在する。

     

仮設の雪下ろしに追われ

   

雪の重みで崩落した中条橋(松尾真さん提供)

 栄村の積雪は昨年末から激しくなり、一夜に数十㌢積もることも珍しくなかった。1月初めには、仮設住宅の雪下ろしで事故が起きた。栄村振興公社の40代の職員が屋根に登ろうとして梯子ごと倒れ、数日後に亡くなったのだ。地元からは「集落にある自宅の雪下ろしを済ませ、その後仮設の自宅にとりかかった。日暮れが近づいて、気持ちがせいていたのでは」と同情する声が聞こえる。集落にある職員の自宅は、震災で被害を受け、人は住んでおらず、今春に修復の予定。無住の家でも、雪の重みでつぶれないためには、屋根の雪下ろしが必須だ。仮設住宅は、平らな陸屋根なので、これまた頻繁に雪下ろしをしなければならない。震災の後の今年は、降りしきる雪の中、両方の家の作業に追われていた。村では事故を受けて、仮設住宅の屋根の雪下ろしを、すべて雪害対策救助員が行う方式に改めた。

 1月29日、積雪は3㍍を超え、役場に豪雪対策本部が設置された。その日の夜、こんどは村の中心部、中条川にかかる鉄骨の橋(長さ約95㍍、幅約7㍍)が、雪の重みで折れて落下した。震災で橋脚が傷み道路部分が浮き上がるなどしていたため、通行禁止になっていたが、生活道路だった橋が完全に崩壊したことに衝撃が走った。村には、震災で被害を受けた家も多く、応急修理で住み続けているケースもある。雪の重さに対する不安は、いや増した。

 さらに、2月1日付で、栄村を含む長野県北部5市町村に災害救助法が適用された。「1月から長野県北部を中心として降った大雪により、県北部地域では除雪による死傷事故などの被害が発生し……更なる被害の拡大も想定される」ことからだ。2月13日には衆議院災害対策特別委委員会の現地視察団が村を訪れた。県や村は除雪費の財政支援を要望、視察団は豪雪地仕様の仮設住宅の検討などを約束した。

     

いちばん大変なのは、お金 

          

仮設住宅の屋根の雪下ろしをする雪害救助員(松尾真さん提供)

仮設住宅の駐車場。中央の雪山に車が埋もれている(松尾真さん提供)

 では、村民は、深雪の下で、どのような暮らしをしていただろうか。

 栄村では基幹道路の除雪態勢は、それなりに整っており、相当な豪雪でも通行止めになることはめったにない。早朝からタイヤドーザーや大型ロータリー車が雪を処理する光景は、栄村の冬の風物詩でもある。しかし、基幹道路から自宅への通路は、個人が対応しなくてはならない。高齢化率45㌫近い村民にとって、毎日の通路の除雪や雪踏みの大変さは、想像に難くない。

 3㍍を超す積雪ともなれば、屋根から落とした雪はどこかに排雪しなくては、次に困る。最近、排雪に活躍するのは、家庭用のスノーロータリー車だが、買えば1台100万円、200万円の単位となる。燃料の軽油も、月4万円ぐらいはかかる。実は、「豪雪でいちばん大変なのは、お金」と現地のNPO、「栄村ネットワーク」の松尾真さんはいう。温水パイプを巡らせて屋根を温め、雪を「自然落下」させる融雪屋根が栄村でも増えつつあるが、今年はなかなかうまく働かず村民を悩ませた。気温が異常に低く、雪が屋根に凍りついてしまったからだ。そうなると、自然落下のため急勾配配にしてある屋根に上がって雪を下ろすか、屋内を強く暖めて屋根の雪を融かすかしかない。雪が降り続き、融雪屋根や暖房を使う時間が長いと、燃料費が月4、5万円にも達する。

 栄村には雪害対策救助員という独自の制度があり、自力での雪下ろしや排雪が困難な世帯を支援している。この冬は例年より多い18人を冬季(12月15日から3月31日まで)臨時職員として雇用、冬になる前に申し出のあった高齢者など150世帯に派遣している。今年は、申し出ていなかった世帯からも、SOSが発信された。農家では自宅以外に車庫や作業場の建物が付きものだが、それらは基本的に無料支援の対象外だ。スノーロータリーなどを使う除雪・排雪を業者に委託すれば、労賃と機械・燃料代とで1日5万円にもなる。今年くらいの豪雪では、ひと冬4、5回は必要になるという。このように豪雪は、震災後、家の修理などにお金を使わざるを得なかった人を、さらに逼迫させている。

 村に除雪作業ができる若い人がいないわけではない。しかし、勤め人が多く、平日はまず家にいない。仮設住宅から毎朝勤めに出る人は、駐車場に屋根がないため、積もった雪の中から車を掘り出す作業が重荷になったりする。昔ながらの集落の共同除雪作業は、成り立ちにくいのだ。

     

復興計画に雪害対策を

      

 雪害には、高齢化と過疎化、農業離れと会社勤めなど、中山間地域の暮らしの有り様の変化が、深くかかわっている。多かれ少なかれ積雪地域の共通の問題だ。災害救助法の適用により、村が行う「自力での除雪が困難な世帯」への支援費用は、国と県が肩代わりすることになる。しかし、通常の世帯の私的領域での除雪は、基本的にその家の人に任されているのが現状だ。震度6強の長野県北部震災から1年近くが経った2月15日、村では、第1回の復興計画策定委員会が開かれた。その席上でも、復興計画において雪害対策を基本に据えることの重要性が議論となった。

                                           (グリーンパワー2012年4月号から転載)

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