八郷(やさと)茨城県

筑波山麓の茅ぶき集落

筑波山麓(さんろく)に茅(かや)ぶきの民家が80戸点在。「筑波流」のふき方は、軒を何層にも彩るなど粋な工夫を誇る。持続的な農業にも積極的。

  • 交通:JR常磐線石岡駅から車で50分/常磐道千代田石岡ICから車で20分
  • 特産:イチゴ、梨、ブドウ、リンゴ、柿などの観光果樹園が多い
  • 直売:柿岡直売所 0299-44-8310/ゆりの郷物産館(立寄り温泉に付属)0299-42-4126
  • 宿問い合わせ:石岡市八郷総合支所商工観光課 0299-43-1111
  • 関連ウェブサイト:石岡市八郷商工会

※ 交通アクセスや店舗情報などは、お出かけ前にご確認ください。

※ 車ナビは、里を訪れる際の目標ポイントを数値化したマップコードで、()内が施設名や地点です。地図では★で示しました。カーナビのマップコード検索で利用できます。

2013年01月21日

ルポ にほんの里100選25 藤原勇彦 グリーンパワー2013年1月号から

 

自転車で回る茅葺きのある風景 / 保存と観光支える現代の「結い」

  

 紅葉、黄葉、緑の木。11月24日、茨城県石岡市八郷(やさと)のモザイク状に色づいた晩秋の田舎道を、約20台の自転車が走った。ロードレーサー、クロスバイク、マウンテンバイクに交じって、健脚の乗ったママチャリも堂々同じペースで付いてきている。「やさと茅葺(かやぶ)きサイクリング」。八郷に多く残る美しい茅葺き屋根の民家を、次々に自転車で訪ねながら、農村風景を楽しもうという催しだ。

 地域に点在する茅葺き民家を訪ねるには、どこでもすぐに止まれて、なおかつ相当な距離を移動できる自転車が最適。「やさと茅葺き屋根保存会」メンバーで、サイクリングのインストラクターを務めた、新田穂高さんのアイデアだ。今回が初めての開催で、千葉から来たという建築に興味を持つご夫婦や、自転車好きのグループ、雑誌で催しを知った単独参加の人など、多彩な顔触れがそろった。およそ50㌔㍍のコースを、ゆっくり1日がかりで回る。

 八郷の茅葺き屋根民家は、150年ほど前の江戸時代に造られたものが多い。気候温暖で土地が広く、稲作はもちろん、カキなど果樹栽培で豊かだった豪農の家は、広い敷地に、母屋のほか長屋門や書院、土蔵などが並ぶ。 

  

職人が技を競う

 

「大場家」の棟の端の模様「キリトメ」

 屋根は「つくば流茅手(かやで)」と呼ばれる職人たちが、技を競って意匠を凝らした。古い茅と新しい茅を交互に葺いて軒下に縞模様をつくる「トオシモノ」、シュロの飾りを棟にあしらった「大名ぐし」、棟の端に竹の小口などで文様を描く「キリトメ」など、つくば流ならではの技法が、各所にあしらってあり、全国的にも美しい茅葺きとして認められている。現在、八郷には、このような茅葺き民家が70棟近く残っている。

 この日、「やさと茅葺きサイクリング」の一行が訪ねた茅葺き民家は、石岡市の歴史体験公園「常陸風土記の丘」に移築保存されている民家群のほかは、すべて今も住居として使われており、普段は勝手に訪れることはできない。「木崎眞家」は厚みのある緩やかな屋根の曲線が美しい。モチノキの生垣「いきぐね」に囲まれた「三輪家」、街道沿いの旅籠(はたご)だった珍しい2階建ての「綿引家」、幕末の志士で歌人「佐久良東雄旧宅」、観光農園をしている国の登録有形文化財「大場家」など、特色を持った家々だった。

 それぞれの家で、当主や家族が屋根の特徴や、手入れの

「大場家」の棟飾り「大名ぐし」

苦労を語ってくれた。昔の茅葺き職人の名人が造った「キリトメ」の模様の美しさ。軒の高さ、屋根の厚み、曲線の工夫。一方、生活様式の変化で、囲炉裏(いろり)などの火を焚(た)く機会が減り、屋根を煙でいぶせなくなったため、本来25年は持つはずの屋根が15年くらいで葺き替えなくてはならなくなったこと、茅の確保の難しさ、職人が減っていること、葺き替えの費用、さらに、当主の高齢化などの悩みものぞく。それでも、先祖から伝えられてきた茅葺き民家を、できる限り伝えていきたいという誇りと愛着が、言葉の端々からしのばれた。

 茅葺き屋根は、かつては地域の農業や自然の循環のひとコマだった。地域には「屋根を替えると米がとれる」との言い伝えがある。傷んだ古茅を堆肥(たいひ)にして田に入れられるからだ。

  

手入れ方法の継承が課題

  

「木崎眞家」の母屋(右)と書院

 茅は屋根を葺く材料の総称で、八郷ではススキを主とし、集落内の傾斜地などにある共同の茅場で毎年刈り取っては、2、3軒ずつ葺き替えをしていた。毎年刈った方が、土地が痩せて、細くてしなやかなススキがとれ、扱いやすくなるという。茅葺き屋根は日頃の手入れが肝心。葺き替えた後も、5年後ぐらいから、部分的に補修にかからなければならない。

 近年は茅葺き民家が減り、地元の共同作業「結い」が成り立たないため、手入れのための茅の準備から職人を頼む家も出てきた。農業で生きてきた世代のいる家では、手入れの方法を知っている家人が手伝うため、維持費用は年間20万円程度で済む。

 しかし、若い世代は兼業農家で勤めの人も多く、手入れの方法の継承が課題の一つになっている。また、共同

小さな虚空蔵堂の前を通るサイクリングの一行

の茅場がなくなり、個人で茅場を持ったり、空き地などに生えたススキを許可を得て刈っている家もある。

 「やさと茅葺き屋根保存会」は、茅葺き民家の持ち主、茅葺き職人、茅葺き民家に関心を持つ人々が、2004年に結成した任意団体。茅葺き屋根を保ってきた農村の文化を次世代につなぐことを目指し、毎年秋にボランティアを公募して茅刈りを行うほか、民家の見学会、持ち主との交流会、若手職人の養成への協力などをしている。

  

素粒子研究機関で茅刈り

 

  ボランティアの「茅場」がユニークで、なんと最新の素粒子物理学の研究機関だ。八郷からほど近いつくば市にある大学共同利用機関法人・高エネルギー加速器研究機構の広い構内にススキが生え、毎年刈っては処分していたことを知った保存会の関係者が、茅葺き屋根に使わせてほしいと申し入れた。機構の協力で、10年近く前から茅刈りが実現し、刈り取った茅は、民家の持ち主に分配している。集落の枠を超えた、これも現代的な「結い」かもしれない。

 茅葺き民家の保存について新田さんは、「旧家の多い持ち主にとっては、先祖から引き継いだ家への愛着であり、地元にとっては、美しい農村地域・八郷のシンボル。観光資源としての期待も大きい」という。

 「大場家」で手づくりの甘酒を振る舞われたサイクリングの一行が帰途に就くころ、茅葺き民家の彼方に、逆光の筑波山がそびえていた。春ごろには、2回目の茅葺き探訪サイクリングが、今回とはコースを変えて予定されている。

                                         (グリーンパワー2013年1月号から転載)

 

2012年05月29日

八郷のフットパスを歩いた

  森林文化協会は、2009年に朝日新聞社と共催で選んだ「にほんの里100選」の各地を訪問し、地元との交流を図る「フットパスツアー」を主催している。「あぜ道や集落の中など日常風景の中を歩いて、各地の自然のめぐみを生かした暮らしやなりわいを学ぼう」と参加者を募集し、全国を歩くプログラムを展開中だ。

      2012年5月19日、茨城県石岡市の「100選」の里、「八郷」地区を訪れた。参加者は42人、大阪や福島県から泊まりがけで参加してくれた人もいる。八郷「フットパス」のポイントは、「水エネルギーで作る杉線香」「住民が守り続けた薬師堂への道」「かやぶき民家の残る集落散歩」、そして「地元NPOによる地域食」。天候が良すぎて少し疲れてしまった人もいたが、地元の方たちの親切なおもてなしに参加者一同、大感謝の1日だった。

線香の材料になるスギの葉

 

  八郷は筑波山を西に仰ぐ山麓の農村地帯。おだやかな気候を生かして、イチゴ、カキ、ナシ、ブドウなどの果樹栽培が盛んだ。ヤダケを使った弓矢づくりなど、伝統産業も残る。杉線香もそのひとつ。私たちは、水車を使って100年ものあいだ線香を作り続ける駒村道廣さんの工房を訪れた。

   

  筑波山麓から流れ出すゆたかな沢水を受けて水車は動いていた。水車小屋の中では木製の歯車がゴトゴト回り、10本ほどのケヤキ製のきねが上下し、線香の材料になるスギの葉をついている。乾燥したスギの葉がゆっくり時間をかけてパウダー状になり、後は湯と混ぜて練り、板の穴からところてんのように押し出して乾かすと線香ができあがる。混ぜ物のない杉線香は地味な土色をしていた。周辺の山で採れるスギの葉、絶えることのない水エネルギー。線香はまさに「風土産業」。生きている人にとっても大切ななりわいだし、死者にとっても好ましい自然のめぐみだと思った。

  

  さて、いよいよ「フットパス」。

  

  午前の道は、菖蒲沢という集落にある薬師堂への古道だ。地元の方の案内で薬師堂へ。お堂の手前の山中に広々とした場所があり、「こんなところに水がある」と一瞬びっくりしたけれど、それは弁天池。黒い水が深く静かに、回りの杉木立を映し込んでいた。山門は跡を残すのみでかつての面影はないが、ぽつんと残る石灯籠や苔むし古びた石段に、「かつてはたくさんの参詣者で賑わったそうです」という説明もうなずけた。

  

  集落人口が減り続ける小さな里で、こうしたお堂や回りの環境を手入れし、守り続けるのはたいへんなこと。でも逆に、小さな里だからこそ「みんなで守り続けるものを持っている」ということが大事なのかもしれない。里の暮らしは、いちばん底のところでそんな「誇り」に支えられているのではないか。

  

  昼食会場は、菖蒲沢集落のとなりにある朝日地区の旧小学校。2004年に閉校となった木造の朝日小学校を、地元の人たちがNPOを立ち上げて再利用、農作業や食づくり体験などのプログラムを提供する「朝日里山学校」としてよみがえらせた。

 

  旧教室を利用した「食堂」の前の廊下に、炊き込みごはんやセリのおひたし、きゅうりのたまり漬け、地元野菜の天ぷらなどが並んだ。参加者は、小学校の給食よろしくお皿をもって並び、バイキング形式で地元料理を皿に盛る。そして具だくさんの味噌汁、地元産のそば粉をつかった手打ちそば、薪を使った窯で焼いた焼きたてのピザ…。たっぷりの昼食だったけれど、味噌汁やソバをおかわりしたりして、みなさん、けっこうたくさん食べていた。

 

  「天ぷらがからっとしていておいしいねって揚げている人に聞いたら、コツを教えてくれた」「どうするの」「衣に臭いがつかないくらいの量の酢を入れるんだって」「へぇー、家でやってみよう」などという女性参加者の会話も楽しそうだった。

 

  午後のフットパスは上青柳集落。2軒のかやぶき民家が残る。ぐるっと歩いてその2軒のお宅に立ち寄った。

  2軒とも大きな旧家で、まずはその民家としての力強さに驚かされた。

  1軒目の木崎眞さんは、「やさと茅葺き屋根保

上青柳集落の茅葺き民家(木崎清彦さん宅)

存会」の会長をしている。お茶とお菓子を準備して、奥さんといっしょに待っていてくれた。「屋根材の茅はどこから?」という質問に、「つくば市の高エネルギー研」との意外な答え。この高エネルギー加速器研究機構は素粒子を研究する機関で、100ヘクタールもの敷地の地下に、1周約3キロの加速器が埋まっている。しかし地上部はススキの原。これを保存会が、ボランティアなどの応援で2004年から刈り取って、八郷地区の茅葺きの補修に使っているのだという。だから「茅の心配はない」と木崎さんは言う。「問題は茅を葺く職人なんだ」とのことだった。

 

  2軒目もやはり木崎さんという。ふつうはおばあちゃんの1人暮らしだが、この日は若い木崎清彦さんが、わざわざ里帰りして説明してくれた。やはり「高エネ研」の茅を使って葺いているという。8年くらいかけてぐるっと補修する予定とのことで、よく見ると屋根に新旧の部分が混じっていた。ふだんはおばあちゃん1人暮らしの大民家だが、武蔵野美術大学の学生さんたちが定期的に泊まり込んでは、地区の人たちの協力で野外アートの制作・展示をやっているという。「学生さんたちは、この古い民家を気に入って使ってくれている。こんなつながりもあるので、以前は維持がたいへんだと思っていた茅葺きだが守っていきたい」と清彦さん。

 

  屋敷の角に虚空蔵さんを祀る建物が、モチノキの生け垣に囲まれて建って

筑波流の茅葺き。わら、茅、竹の積み重ねが独特の模様に

いた。この建物も茅葺きだ。棟の「きりとめ」の部分に「卍」模様が刈り込まれて描かれている。こった意匠だ。

 

  このあたりの茅葺きは独特で、筑波流、というそうだ。卍模様も独特な職人技だが、軒下に現れる部分が、古い茅やワラを重ねてバームクーヘンのような美しい縞模様になっている。実用を越えた意匠と言ってもいい。筑波流に、里としての歴史の古さ、豊かさをかいま見た気がした。

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