西谷新田(にしだにしんでん)鳥取県

自立を目指す林業地

集落を丸ごとNPOにして元気な「自治体」を目指す。勉強会や市民生協との交流事業などを継続。里山のスギ林は明るく健やか。

  • 交通:中国道を経て鳥取道智頭南ICから車で10分/JR因美線智頭駅乗換え智頭急行山郷駅から車で5分
  • 特産:
  • 食事:清流の里 新田 0858-75-1994/火間土(カマド)(古民家:日曜営業)0858-75-1229/あわくら旬の里 0868-79-2882
  • 直売:あわくらんど青空市 0868-79-2331
  • 宿問い合わせ:智頭町観光協会 0858-76-1111
  • 関連ウェブサイト:智頭町観光協会

※ 交通アクセスや店舗情報などは、お出かけ前にご確認ください。

※ 車ナビは、里を訪れる際の目標ポイントを数値化したマップコードで、()内が施設名や地点です。地図では★で示しました。カーナビのマップコード検索で利用できます。

66. 西谷新田

2012年10月11日

ルポ にほんの里100選⑭ 藤原勇彦 グリーンパワー2012年2月号から

   

「木の宿場」で森をきれいに / 山仕事と商店街に新たな繋がり

   

 「疎開保険」や「森のようちえん」「森林セラピー」「智頭(ちづ)野菜新鮮組」……ユニークな地域おこしのアイデアが、「緑の風が吹く疎開の町・鳥取県智頭町」を支えている。だが、「智頭杉」ブランドの伝統的林業地としては、町の面積の93㌫を占める森林が元気にならなければ、本当の地域おこしは実現しない。そこで、木材の値段が下がり金にならない林業から離れている町民の関心を、再び山に呼び戻し、森に手を入れ、それをさらに町の商店街の活性化に繋げよう、という社会実験が、2010年から始まった。名付けて智頭町「木の宿場(やど)」プロジェクト。

   

1㌧6000円で晩酌を 

   

 「木の宿場」プロジェクトは、町政に町民の声を反映するための組織「百人委員会」の農林部会で提案され、実施のために「実行委員会」がつくられた。間伐材や林地に放置された残材などを山から搬出し、集積場(土場)に持ってきた人には、誰でも、1㌧当たり6000円相当の「杉小判」と呼ばれる地域通貨を発行する、というのが基本的な仕組み。1枚1000円の「杉小判」は、プロジェクトに加盟登録している町内の商店で、現金並みに通用する。

 例えば、普段は会社勤めをしている町内のあるお父さんが、親から受け継いだ山林を持っているとしよう。これまで、管理は森林組合にまかせ、自分では原木を市場に出荷した経験のない「素人山主」の1人だった。「木の宿場」プロジェクトに登録をしてからは、会社が休みの週末、軽トラックにチェーンソーを積んで、山に向かう。切り捨て間伐の材が、あちこち転がっている。

 搬出する材は、長さ50 ㌢以上で、細い方の口径5㌢以上が決まり。この程度の大きさなら、倒れている木を適当な長さに切って担ぎ、荷台に積んで森から持ち出すことができる。山から程遠からぬ町内3カ所の土場のうち、指定された場所に材を持ち込むと、自分で長さと口径を測り、伝票に記入する。これで体積を割り出し、さらに重さに換算すると、「杉小判」の発行だ。軽トラで3回ほど往復すれば、5、6千円分にはなる。

 ひと汗かいて、日暮れ時。家に軽トラを置いて一杯……と、街中の居酒屋へ。そこは、「木の宿場」加盟店の一つ。お客が代金として支払った「杉小判」を、店側は、実行委員会窓口で現金化できるし、ほかの加盟店での買い物に使うこともできる。加盟登録商店は、地域おこしの観点から地元のみ。全国チェーンの大型店などは含まれない。

 「杉小判」の支払いは、1000円単位、使用期限あり、というところが、買い物の思案のしどころ。「おつりなしなら半端だから、もう1皿追加! 運動不足を解消して小遣いもらったようなものだし、ま、いいか」という期待を込めてか、「木の宿場」のキャッチフレーズは「軽トラとチェーンソーで晩酌を!」だ。

 集まった材は、「杉小判」を現金と交換する資金にするため、実行委員会がまとめて月1回、チップ工場へ原料として出荷する。トン当たり3000円が今の相場。「杉小判」のトン当たり6000円に届かない分は、2000円を町が補い、1000円分は、海と山の連携を模索する鳥取の漁港のNPO「賀露(かろ)おやじの会」などが協力して補塡(ほてん)する。「賀露おやじの会」は、智頭町の間伐材で作った「組手什(くでじゆう)」と呼ばれる組み立て家具のキットを販売して、売り上げの5㌫寄付している。

2010 年10 月の社会実験初日、土場の前にずらりと並んだ軽トラック(丹羽健司さん提供)

 2010年10月、1カ月間のプロジェクト試行がスタートした日には、土場の前に、材を運びこむ軽トラックが列をなした。試行期間を通じ、出荷者は29人、登録商店が26軒、197㌧の木材が集まり、85万円の「杉小判」が発行された。2011年には、規模を拡大して5月から11月まで行われ、暫定集計で出荷者39人、登録商店40軒、480㌧の木材を収集し、290万円の「杉小判」を発行する結果を残した。2次流通まで入れると、智頭町のGDPを数百万円分押し上げる効果があったかもしれない。

 プロジェクトが動き出して、出荷者からは「山がきれいになった」「山仕事を一緒にやる仲間ができた」など、商店からは、「初めて来るお客さんが増えた」「杉小判を話題にお客さんと会話が弾んだ」などの感想が出ているという。

      

外の風と善意のシステムで進展

      

 「木の宿場」にはモデルがあった。高知県の仁淀川(によどがわ)流域の林地残材収集運搬システムだ。NPO「土佐の森・救援隊」が、独立行政法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」の木質バイオマス活用プラントに向けて構築し、運び込んだ木材はNEDOが買い上げる。しかし、そのような施設のない智頭町では、どうするか。

 実行委員会は、役場や町民はもちろん、外部の研究者、NPOなどに参加してもらい知恵を借りた。その1人が、鳥取大学地域学部非常勤講師の丹羽健司さんだ。丹羽さんは、愛知県の矢作川(やはぎがわ)流域で、市民参加型の森林調査「森の健康診断」を発案し、全国24都道府県での取り組みにまで広めた「矢作川水系森林ボランティア協議会」の代表でもあった。「土佐の森・救援隊」に感動し、各地にその方式を広める活動もしてきた。智頭町の事情に合わせて仕組みを具体化し、運営のコーディネーター役を果たしている。

運び込んだ木材の長さや口径を測って伝票に。皆さん控え目な自己申告(丹羽健司さん提供)

 丹羽さんによれば、「NEDOのような大きな受け皿がなくても大丈夫」だという。「中学校区ぐらいの小さな単位で実施すれば、かえって性善説をもとにした身軽な運営ができる」。「木の宿場」の肝心な部分は、ほとんど自己申告制度だ。互いの顔の見える関係の中では、木の長さや口径を伝票に書き込む際、過大に申告するような悪さは起きない。むしろほとんどが過小申告という。管理のための人手も省略できる。「志~材」とよばれる「杉小判」に交換されない寄付の材が、いつの間にか土場に積み上がり、運営費を助けている。遠くの安い大型店を利用していた人が、山仕事と「杉小判」を通じて地元の商店となじみになり、市場経済の原理を超えて、新しい繋がりが生まれる。プロジェクトに参加した町民は、「杉小判を使うことが仲間づくりだと気付いた」ともいう。

 林業の不振に悩む全国の自治体にとって、森の活用は共通の課題だ。新しい年、「森を生かす」智頭町の試みがどのように進展するかは、日本の地域の未来に深くかかわっている。

                         (グリーンパワー2012年2月号から転載)

2012年10月09日

ルポ にほんの里100選⑬ 藤原勇彦 グリーンパワー2012年1月号から

 

みどりの風吹く林業地の試み / 都市と田舎つなぐ「疎開保険」

        

 東日本大震災の2011年が終わり、新しい年がやってくる。復興の遅れ、広がる放射線の影響、円高株安、大企業の不調、ヨーロッパの国債不安、TPP参加へ向けた協議の開始……。暮らしの先行きは、どうなるのか。新年の喜びよりは、不安の種が目にとまるが、そんな今こそ、「元気印の田舎の出番」と、ユニークな事業を展開している地域がある。鳥取県の智頭町(ちづちよう)だ。集落の宝物を探す「日本1/0村おこし運動」や、住民のアイデアを町政に生かすための政策提言組織「百人委員会」など、地域起こしの世界では、すでに有名ブランドといってもよいが、この1、2年は、都市と農村が支えあう新たな仕組みとして、「みどりの風が吹く疎開の町」づくりに力を入れている。智頭町の様々な挑戦を、2回に分けて紹介したい。

    

7日間の宿泊と3食

   

 鳥取県の東南部、岡山県との県境に近い智頭町は、江戸時代以来の宿場町。林業で栄え、かつては鳥取県内でも裕福な地域といわれた。町の中心部に敷地3千坪(1㌶)、40もの部屋数を誇る当時の大庄屋・山林地主の石谷(いしたに)家住宅は、国の重要文化財に指定されている。人口は最盛期の半分近くになったが、なお8 0 00人余を数え、約220平方㌔メートルの総面積の93㌫を、ブランド種・智頭杉などの森林が占める。木材価格の低下とともに過疎化・高齢化は進んだが、平成の大合併に加わらず、林業と農業を軸に独自の町づくりを目指している。

 この智頭町が、2011年から始めた新事業が、「疎開保険」。保険と名前はついているが「災害を切り口とする地域間交流、物流、商流による地域おこし」だという。災害が起きた時、なにより困るのは生活場所の確保。地震や津波などで災害救助法が発令された地域の「疎開保険」加入者は、避難先として智頭町内や近隣での7日間の宿泊と3食の提供が保証される。加入金は、1人1年1万円。これでストレスのたまる避難所から、緑と癒やしの智頭町へ疎開することができる。智頭町が都市住民の「田舎の実家」になり、安全と安心を保障しようという仕組みだ。また、災害が起きなければ、秋に収穫した地元特産の米や野菜などを、加入者に贈り、地域との交流につなげる狙いだ。

 発案者は、寺谷(てらたに)誠一郎町長。大多数の町民が中を見たこともなかった石谷家住宅の公開を、住んでいた当主夫婦と掛け合って実現し、全国から万を超える見学者を呼び込んだり、町内の母親の「アフリカでは自分の子と同じ年頃の子が飢えているのに日本じゃ減反でコメをつくっちゃいけない。変な国ですね」という思いをくみ取り、休耕地を利用してケニアへの食糧援助米を生産したりするなど、画期的な町の取り組みの中心人物だ。

    

深呼吸できるような町に

   

奥さんが地元で経営する山菜料理店「みたき園」の庭に立つ寺谷誠一郎町長

 「疎開保険」の発想の原点について、寺谷町長は、「災害に限らず、都会の暮らしはストレスがたまる。わが子を床にたたきつけたり、会社員が働きすぎて疲れてうつ病になったりする前に、エスケープしてきて深呼吸できるような町が、日本に一つぐらいあってもいいじゃないかと考えた」という。

 そのコンセプトに沿って、数年前から人々を受け入れるための様々な取り組みをしてきた。一定の日数、続けて森の中を歩くなどで、森林浴効果を医学的に活用する「森林セラピー」施設も、その一つだ。ガイドを養成、セラピーコースを設定し、一昨年4月には県内初の森林セラピー基地に認定された。やってくる人のために町内から確保した数十軒の民泊先は、森林セラピー用であるとともに、疎開保険の宿泊先にもなっている。

 「関西から来たおじいさんがね、家ではいつも同じ話を繰り返すので家族から相手にされないが、ここで民泊するとちゃんと話を聞いてくれるって、リピーターになっちゃった」と寺谷町長。自然一辺倒ではない。町内には光ファイバー網を整備し、ストレスで健康を損ねた先端産業などの社員が、半日は農林業を行い、半日はパソコンを使い遠隔で仕事をする、という弾力的な環境も用意されている。現に大手IT産業が福利厚生の視点から注目し、相談が来ているという。

    

元気なお年寄りが主役

   

 「疎開保険」のもう一つの狙いは、「じいさんばあさんに焦点を当てる」ことだと、寺谷町長は言う。「年寄りは枯れ木だけれど、マッチ1本で火がつく」

 例えば、智頭町の緑の環境で自然と触れ合いながら子育てをする「森のようちえん まるたんぼう」。1人のお母さんの、「智頭町の森のような環境の中で子育てできたら素晴らしい」という感想を、「百人委員会」を通じて取り上げ、町や県が後押しして専門の保育士を雇い、3年前に実現した。今では、雨でも雪でも毎日20数人の園児が、町内9カ所の森のフィールドで、走り回ったり、様々な遊びをしていたりする。

 この「森のようちえん」を運営するうえで、子どもたちに危険がないよう森の中の丸木橋を修理したり、そっとマムシを退治したり、縁の下の力持ちとして、地域のお年寄りの存在が欠かせない。「年寄りは、米作りも野菜作りも名人だ。『疎開保険』で、加入者に贈るのは、この年寄りが丹精込めた作物。加入料をもとに、きちんとした値段で買いとるから、じいさんばあさんは小遣いになって元気が出るし、都会の人はおいしい産物で智頭町のファンになる。いまに元気な年寄りが町の名物になるから、いずれそれを見に来てほしい」

出荷用のヤツガシラの茎を収獲する「智頭野菜新鮮組」のお年寄り

 10月半ばの朝早く、町内の福祉会館に、収穫されたばかりの米や野菜が、集まった。運び込んだのは、町の呼びかけに応募した野菜作り名人、数十人のおじいさんやおばあさん。キャベツ、ダイコン、サツマイモ、豆類、ヤツガシラやその茎。分量は、めいめいの畑で採れたなり。段ボールに詰めて、「疎開保険」の加入者に送り出す。さらに、町が仲介して、「智頭野菜新鮮組」のブランド名で神戸そごうなど関西方面に産直販売されるようにもなり、好評を博すようになっている。出荷したその場で伝票が切られ、いい小遣いになるので、みな、えびす顔だ。

 「疎開保険」は町にとっては、森林セラピー、民泊、森のようちえん、智頭野菜新鮮組などの施策を相互につなげる要の企画だ。東京で発表したのが2011年3月の初め。その直後に東日本大震災が発生したため、しばらく募集の広報を控えていた。「便乗商法」と見られたくないためだった。しかし、秋からいよいよ本格的に募集を始め、今は加入者が百数十人、近々1000人まで増やすことを目指している。申し込み・問い合わせは、〒689─1402 鳥取県智頭町大字智頭2072─1 智頭町企画課 ℡0858─75─4112 FAX0858─75─1 1 9 3 http://www.town.chizu.tottori.jp/へ。

                                                 (グリーンパワー2012年1月号から転載)

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