片野尾・月布施・野浦(かたのお・つきふせ・のうら)新潟県

トキの舞う有機の田

海沿いの細い路地や黒瓦の漁業集落、背後の高台にある棚田や畑。棚田では有機栽培も。昨秋、放鳥されたトキがすぐに飛来した。

  • 交通:両津港から車で35分
  • 特産:JA松ヶ崎店直売コーナー 0259-67-2888
  • 食事:ボアール妹背(和牛)0259-88-3701
  • 関連ウェブサイト:佐渡観光協会

※ 交通アクセスや店舗情報などは、お出かけ前にご確認ください。

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29. 片野尾・月布施・野浦

2012年08月24日

ルポにほんの里100選⑳ 藤原勇彦 グリーンパワー2012年8月号から

 

暴風に耐えカラスにあわてず/子育ての知恵を蓄えたトキ

 

 両津港の桟橋を降りると、そこここに、自然界でのトキのひな誕生を祝うポスターや垂れ幕が目につく。佐渡の人々の、トキへの思いや期待が、ひしひしと伝わってくる。6月24、25日には、「潟上(かたがみ)水辺の会」主催のホタル祭りが、佐渡市新穂(にいぼ)潟上地区で開かれていた。「水辺の会」は、地区の農家や住民約60人で構成され、トキのえさ確保のためのビオトープ作りや無農薬・減農薬の米づくりなどに取り組んでいる。トキのための環境整備の効果で、ホタルも年々増え、24日は1000人を超す人々が集まる大盛況。「水辺の会」の光井高明さんによれば、「夕暮れ時、ホタル祭りの会場の上を、トキが飛んでいました」という、美しい光景だった。

 

 トキ米づくりが奏功

 

 日本の自然界でのトキの孵化(ふか)は36年ぶり、巣立ちが確認されたのは38年ぶりだ。絶滅の恐れがある生物の「レッドリスト」で「野生絶滅種」とされているトキの、自然界復帰に向けた大きな一歩が踏み出されたといえる。

 トキの野生復帰計画を推進している環境省佐渡自然保護官事務所の長田啓(おさだけい)・首席自然保護官は、「去年までの繁殖不成功の原因は一律ではなく、天敵、無精卵、風で巣が壊れたなど、ペアごとにそれぞれの事情があった。だからまず、ベースとなるペアの数を増やそうと考えた」そうだ。去年春に18羽、秋にも18羽放鳥し、放鳥前の訓練の成果があったのか、死亡率も下がった。おかげで、去年の7組に対し、今年は17組のペアが産卵。そのうち3組から、5月から6月にかけての約1カ月の間に、時期をずらして8羽が巣立っていった。

 抱卵から巣立ちまでの様子は、望遠鏡にビデオ撮影機をとりつけ、一眼レフ換算、2000~7000㍉相当という超望遠機器で録画した。巣から4 00㍍離れても観察可能という。ネットでライブ中継した巣では、40㍍の地点にカモフラージュの無人テントを設営、その中に定点カメラを置きっぱなしにした。このライブ放映は、月間100万ビュー近い視聴者がいたという。

 「トキのひなは誕生後40日ほどで成鳥と同等のサイズになり、巣立ちます。録画した映像は、1日おきに報道陣に提供していましたが、そのたびに、見違えるように大きくなっている。すごいなあと思いました」と、長田さんは振り返る。無論、自然界は甘いものではなく、危機はさまざまあった。森の木が倒れるほどの暴風が襲ったこともあったし、天敵のカラスが巣に近寄ったときは、映像を見ながら手に汗握った。「杉木立の奥につくった巣は、暴風にも耐えて無事でした。カラスが近寄ったときには、親が巣から立ち上がらず、冷静な対応でしのぎました」。最大の難関は、親の2倍近くえさを食べて、ひなが急成長する2~3週間目ぐらいの間。親鳥にとっては、巣で世話をしながら普段の半分ほどの時間で、ひな3羽と自分のためのえさを集めなくてはならない大仕事だ。一時は、えさが足りないのか、発育不良を疑われるひなも出たが、巣立ちまでには回復した。「思ったより広い範囲でえさをとっていたようです。ビオトープのないところでは、水田で大量のドジョウやカエルを捕まえていました。地元の人の朱鷺(とき)認証米の取り組みが、えさ場の確保に大きな効果があった」

 

地元は背水の陣

 

 えさ場の確保に尽力した「水辺の会」の光井さんは、「地区では今年は絶対産ませよう、今年しかないと考えていた」という。昨年、有精卵の確認まで行ったペアがおり、繁殖の可能性があった。にもかかわらず今年も駄目となると、佐渡ではもう自然復帰は無理なのではないかという動きが出かねないと心配していた。トキのために投じられる国の予算にも響く。「だから、やれることは全部やろう」というつもりだった。

 ドジョウ一辺倒の「偏食」にならないよう、えさの多様性を確保する努力をした。そのために、秋口から金北山(きんぽくざん)まで落ち葉掃きに行き、田んぼやビオトープに、高山の樹木、低山の樹木、笹の3種の落ち葉をまぜて入れてみた。土地の農家の昔からの手法だという。納豆菌、乳酸菌、EM菌も試した。ビオトープの中に多様な世界をつくり、ガムシなどの水生昆虫が増え、トキの栄養バランスにつながることを目指した。定点カメラでひなが確認できたときは、「やっと出たな」という気分。「安堵(あんど)」とともに「育つか」という不安が膨らんだ。ひなが生まれた集落では抱卵や子育て中は、森へ近づかず、祭りの予定を変えて、佐渡名物・鬼太鼓(おんでこ)をたたくのも遠慮していた。「でも、結局えらかったのはトキ自身。本能的に、やりきった」

  

今はようやく「登山口」

 

 大きな一歩を踏み出したとはいえ、トキの野生復帰に向けて今の段階は、「ようやく登山口にたどりついたところ」「建物のコンクリートの土台が乾いた程度」と、長田さん、光井さんの意見は一致している。8羽のひなは生まれても、放鳥されたトキの中には死んでゆくものがいて、自然界のトキの総数が増えているわけではない。死んでゆくものと生まれて来るもののバランスが取れ、個体群が安定してはじめて、生物学的にトキが野生復帰したということができる。

 また、人とトキとの共生の可能性を考えると、今はお祭り騒ぎでめでたいが、数が増えれば、いいことばかりとは限らない。

 観光客に「野生のトキを見に来てください」と、今は言えない。トキが人に不必要に驚くことがなくなるときを待たねばならない。「松くい虫防除の薬剤散布ができない」「稲を踏まれる」などの声があがることも想像できる。

 「人と自然環境との関係は、社会・経済・文化の状況を踏まえて、残すべきを残し、変えるべきを変えるしかない。佐渡のトキは、人間生活が将来ぶつかる問題を先取りしているのではないか」と長田さんはいう。

 佐渡の東海岸、「にほんの里」の野浦(のうら)に行くと、朱鷺認証米の棚田に、青い苗が20㌢ほどに育っていた。環境省の佐渡地域環境再生ビジョンでは、2015年ごろ、このあたりを含む小佐渡東部地域に、トキ60羽を定着させる計画になっている。トキが佐渡にいることが、精神的にも経済的にも地域のしあわせにつながる状態をどう作るか。これから、模索が始まる。

 (グリーンパワー2012年8月号から転載)

2012年08月23日

ルポ にほんの里100選⑪ 藤原勇彦 グリーンパワー2011年11月号から

  

好天に恵まれた第5次放鳥 / トキ羽ばたいて里にぎわう

  

 9月27日午前6時、新潟県佐渡市のトキ保護センターで、順化ケージの扉が開かれた。トキの第5次放鳥。これまで4度の放鳥にないほど好天に恵まれ、18羽のトキが、2日間で順調にケージを後にした。今までにない早さだという。「ケージを出たトキが、いま目の前を旋回しています。2回羽ばたいてスーッと滑空する、余裕のある飛び方です」。放鳥トキのモニタリングをしている「潟上水辺の会」の光井高明さんの声からも、携帯を通じて高揚が伝わってくる。近くにいる先に放鳥されたグループと早く合流できれば、新人トキの安全につながる。「今回はうまくいきそうな気がします」

  

▪ビオトープの手入れ▪

  

トキのためのビオトープにクロメダカが群れる

 一度は日本の自然界から姿を消した国の特別天然記念物、トキ。「潟上水辺の会」は、そのトキの放鳥のため、佐渡の国仲平野の田んぼでビオトープの整備をしている、50軒近い農家や地元住民の集まりだ。約7㌶のビオトープ団地と、それらを取り巻く田んぼや畔(あぜ)、森林など約35㌶を管理している。

 放鳥前の9月の半ば、佐渡とは思えない暑さの下、光井さんの指導でビオトープ周辺の整備作業を体験した。青空を背景に、様々な鳥たちが行き交う。「アオサギが来た後に、安心してトキがくることもあるんですけどね」。「遠慮なく掻きまわしてください。においが立って、それが鳥をひきつけます」。休耕田に水を張ったビオトープには、ゲンゴロウ、タガメ、ミズスマシ、ドジョウ、クロメダカ、ツチガエルなど、トキの餌になりそうな生きものが、たくさん棲息している。手網で泥をすくい、水中で振るうと、水棲生物が残る。何がいたか確認して放す。繰り返していると、確かになにかしら、においが立ってきた。泥と水と有機物の混じり合ったような、これが田んぼの生き物のにおいだろうか。

 作業をしていると、「どいてくれ、餌をとりたいんだ」と言わんばかりに、頭上を舞うトキもいるそうだ。餌をとる際に、トキは、まずビオトープの周囲に下り立ち、歩いて水の中に踏み込んでゆくことが多い。歩きやすくするためには、ビオトープ周りの草刈りも必要だ。野生復帰は、人とトキの共同作業でもある。

  

▪有精卵をほぼ確認▪

  

 トキの野生復帰を目指し試験放鳥が始まったのが、3年前の9月。以来、第4次放鳥まで60羽が放鳥された。佐渡には現在30数羽が居ついている。一方で、関係者の予想を超えて、最初の年から約60㌔ある海峡を越えて本州に飛んでいったトキもいる。富山県黒部市周辺に棲みついているトキは、地元の人気者だ。人里の好きなトキ、山奥が好きなトキ、海峡を渡るトキ……。「これまでの経験で、トキはどんな鳥だと言いにくい。個体ごとに個性がありすぎます。個別にナンバーを付けているんですが、例えばナンバー18はこうだと言えても、ほかのトキもそうだとは、なかなか言えないんです」と光井さん。自然界でのトキの生態解明は、まだまだこれからの作業のようだ。

 環境省の佐渡自然保護官事務所の長田啓首席自然保護官は、トキ存続への指標となる自然繁殖について「放鳥2年目は6組のペア、3年目は7組のペアができたが、残念ながら孵化(ふか)には至らなかった。ただ今年、巣の外に落ちた卵の殻から、血液のルミノール反応を使って有精卵の存在を、ほぼ確認できた。これは次へつながる光明だと思う」と話す。

 トキの放鳥が進むにつれて、年々自然回復などのボランティアで佐渡を訪れる学生や研究者の姿が、目立つようになった。佐渡市の研修宿泊施設・トキ交流会館には、今年は9月までに延べ3千人近い宿泊者が来訪した。「潟上水辺の会」が主催するトキ修学体験と大学生実習も600人に迫る勢いという。9月中旬には、早稲田大学や都内の大学生たち約60人が、4泊5日の研修をしていた。地元では、トキへの関心とともに訪問者や移住者が増え、地域の活性化につながることへの期待が増している。

  

▪トキ米の実り▪

 

無農薬米を生産する野浦の棚田

 青く凪(な)いだ日本海と黒瓦の家々。今風の土産物屋や店舗が1軒もない、素朴で清々しい海岸風景だ。背後の急峻な山地に、手入れの行き届いた棚田が連なっている。佐渡の東南海岸の片野尾・月布施・野浦地区。海抜350㍍の棚田では、稲穂はすでに黄色く色づいてこうべを垂れ、間もなく収穫の時を迎えようとしていた。畔の法面(のりめん)がきれいに刈り込まれている。作業していたのは、野浦トキの郷米生産組合の臼杵春三事務局長。4㌔離れた集落の自宅から通ってくる。野浦はかつて、島内で最後までトキがいた地域。トキの復活を目指し、早い時期から環境づくりに取り組んできた。トキが餌をとれる田んぼにするため農薬や除草剤を出来るだけ使わない有機米栽培を進め、草取りも手作業で行っている。生産組合では無農薬無化学肥料や75㌫、50㌫の減農薬でコメ作りをし、採れたコメは、片野尾地区とともに、首都圏などに出荷され、ブランド米として人気だ。トキのためが人のためにもなっている。「ここいらにもトキは来ますよ。ことに冬場から3月ぐらいまで」。トキのために、冬も水を張っている田んぼも多いという。

 今年6月、佐渡の棚田が、能登の棚田とともに国連食糧農業機関の認定する「世界農業遺産」に登録された。地域環境を生かした伝統農法や、生物多様性に貢献する土地利用などを保全する目的で、2002年に始まったこの制度では、これまでにペルーの古代馬鈴薯農法や中国の水田養魚などが選ばれている。佐渡はトキと共生するために農薬を減らした農業のありかたが評価されたもので、先進国での登録は、初めてという。

 トキが安心して暮らせる環境作りが、地域の安全と発展につながる可能性を、確かに感じた。

                                          (グリーンパワー2011年11月号から転載)

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