祝島(いわいしま)山口県

耕作放棄地で放牧養豚

自ら生態系を守り、1次産業再生に努めることを自治会規則で確認。無農薬のビワ栽培、野菜くずなど島内の資源で豚も飼う。

  • 交通:山陽道玖珂IC又は熊毛ICから車で50分の室津港から船で40分/JR山陽本線柳井港駅から徒歩5分の柳井港から船で70分
  • 特産:ビワ、ビワ茶、ミカン、サヨリ生干し、ワカメ
  • 直売:ひらお特産品センター 0820-56-1093(本土) /田布施地域交流館 0820-51-0222(本土)
  • 宿問い合わせ:上関町観光協会 0820-62-1093
  • 関連ウェブサイト:上関町観光協会

※ 交通アクセスや店舗情報などは、お出かけ前にご確認ください。

※ 車ナビは、里を訪れる際の目標ポイントを数値化したマップコードで、()内が施設名や地点です。地図では★で示しました。カーナビのマップコード検索で利用できます。

2017年09月12日

35年「反原発」の声は続く/運動も生活も新たな動き

(2017年9月12日付朝日新聞「列島を歩く 島に生きる」より)

 

山口県上関町の祝島(いわいしま)は、瀬戸内海の西に浮かぶ。伝統の「神舞(かんまい)」が1000年余り続く一方で、4km先の対岸に持ち上がった原発建設計画に、35年間にわたって反対運動が続いてきた。高齢化が目立つ島の人口は400人を割り、反対運動や島の暮らしにも新たな動きが出てきた。

 

 

 

8月下旬の朝、清水敏保さん(62)は県東部の柳井港にいた。岸につないだ清水丸に、肥料やプロパンガス、酒など、島の暮らしに必要な日用品を積み込んでいた。島の人たちから頼まれた風邪薬も買いに走る。

 

週2回、船で1時間かけて島に荷物を運んで32年。昨春からは長男の康博さん(26)も乗り込む。

祝島2

●祝島での原発反対デモ。1200回目となった2014年9月1日の様子(朝日新聞)

 

島に戻ると荷物を配達。この日は夕方から「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の運営委員会に顔を出した。会の代表、そして町議としての顔も持つ。

 

島から4km先の上関町田ノ浦湾の14万平方mを埋め立て、原子炉2基を建設する上関原発計画が明らかになったのが1982年。立地調査海域に漁業権を持つ旧8漁協のうち、建設反対は旧祝島漁協だけ。中国電力は2009年に準備工事に着手したが、11年の福島原発事故で中断した。

 

計画は停滞したかに見えるが、中国電力がボーリング調査を再開し、県漁協では漁業補償金の配分案の提案が出たりと動きもある。「白紙撤回されるまでは一歩も引かない」と語る。

 

島の人口は35年前に1300人余だったのが389人になった。大沢太陽さん(33)にとって、「スイシン」「ハンタイ」は、生まれたときから耳慣れた言葉だった。「ハンタイ」のおじいちゃんに手を引かれ、デモにも出かけた。「自然が売り物のこの島で、原発ができたら何もなくなってしまう」と語る。

祝島1

●2016年の神舞で祝島港を出る櫂伝馬船(朝日新聞)

 

母親が祝島の生まれ。埼玉県でカメラの仕事をしていたが、毎年里帰りしていたから島では顔なじみだ。4年に一度の島の祭り「神舞」に昨年、顔を出したところ、参加者の少なさと高齢化にがくぜんとし、先月に住民票を移した。

 

古くから九州と京都を結ぶ船の航路にあたり、平安時代に嵐で避難した人々を島民が助けた故事から始まった伝統行事。「幼いころはにぎやかだったのに、このまま続くのか。10年たったら島はあるのか」

 

今年になって「さかな屋」を始めた。しばしば開く朝市が人気。将来は「祝島のタイ」を全国ブランドとして売り出す夢がある。

 

昨年の神舞には、変化もあった。大沢さんがこぎ手で乗った「櫂伝馬船(かいてんません)」の先頭で踊る役を、札幌から移住した堀田風太くん(15)が務めた。12年春に家族4人で移ったばかり。島生まれ以外で初めて抜擢された。

 

父親の圭介さん(51)は港で小さなカフェを営む。「たいへん光栄なこと。みなさんと一緒に島を元気にしたい」。島の自治会にも加わり、空き家の活用法などを話し合う。

 

反原発運動にも動きが出てきた。海外からも視察や旅行客が訪れるのだ。

 

8月上旬に16人の団体がやってきた韓国では、大統領が6月に「脱核国家」への宣言をしたばかり。「日本の原発事故の教訓を韓国がいち早く実現したのに、唯一の被爆国がなお新設とは理解できない」との発言もあったそうだ。台湾からも旅行者が「デモに参加したい」と訪れたという。

2012年11月06日

ルポ にほんの里100選⑥ 藤原勇彦 グリーンパワー2011年6月号から

 

原発に抗し海の暮らし守る / 自然エネルギー100%計画

  

 船着き場の目の前を、盛り上がるようにアジの大群が泳ぐ。「たぶんスナメリ(小型のイルカ)に追われて、岸に近づいてきたんだろう」。見ている人が、なにげなくつぶやく。子どもが1人、一生懸命、アジをやすで突こうと狙っている。浜でヒジキを干しているのは、竹林民子さん。薪を焚(た)いて鉄釜で煮るヒジキは、「柔らかくっておいしいって……知り合いに頼まれて送るばっかり。アメリカにもたくさん行ってるよ」。屈託なく笑う。

  

▪自然の息吹と練り塀の美▪

  

山と海に囲まれた集落。4㌔向こうに原発計画が進められている

 海岸などから集めてきた大小の石を積み上げ、泥と漆喰(しっくい)で固めた練り塀は、島独特の景観だ。厚さ50㌢もあり、台風や周防灘の強風から家を守る。小高い丘に建つ小学校は、立派な石垣に支えられている。地元教育委員会委員長・橋部好明さんによると「昔、島の人が杜氏(とうじ)に出て、村上水軍の末裔(まつえい)から仕入れてきた」という技法を駆使し、「とおど」と呼ばれる島内の結(ゆ)いが協力して、昭和の初年に組み上げたという。当時680人もいた生徒は、今5人。「今日はおだやかですが、ここらは海の難所で、1年の半分くらいは、しけです」と、橋部さんは語る。

 山口県上関町祝島。周囲12㌔、人口492人の、『万葉集』にも歌われた、めでたい名前の瀬戸内の小島に、いま世間の注目が集まっている。東日本大震災に続く、福島第一原子力発電所の事故が、一つのきっかけだ。約4㌔離れた対岸、上関町長島の田ノ浦に中国電力が計画している上関原子力発電所建設に、島の住民は30年にわたって反対してきた。「祝島は昔からタイやアジの一本釣り、タコ、イカの定置網が生活の糧。原発は、自然を壊し職場を奪う。お金(補償金)を出したからいいというもんではない」。住民の9割が今でも建設に反対で、毎週月曜日に行われる島内デモは、すでに1000回を超えた。

  

▪エネルギー自給の島へ▪

  

 今年の1月、「原発を建てさせない祝島島民の会」が中心になり、「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」を発表した。太陽発電や太陽熱を最大限有効活用し、バイオマスや風力を加えながら、10年先をめどに、島の暮らしに必要なエネルギーの百パーセント自給・自立を目指そうという試みだ。その主体として、一般社団法人・祝島千年の島づくり基金(http://www.iwai100.jp/)の設立を申請中で、幅広く寄付を呼びかけている。

 「基金」の理事、山戸孝さんは30代半ば。「反対運動を通じて、それなりに原発の安全対策を知っていたが、福島の事故には驚いた。必要なら、被災した子供たちを地元に受け入れようと思った」と語る。干しヒジキ、無農薬ビワ茶などの産品を扱う「祝島市場」を運営する、若手の働き手だ。代替エネルギーとして、島内では太陽光パネルの取り付けも始まったが、風が強く、取り付け可能なのは100戸程度の見通し。山戸さんによれば、代替設備の新設・普及だけでなく、何でも電気に頼る生活を見直していくことが、「島のエネルギー自立」への理念という。「ヒジキを薪で炊(た)いて、(その薪を取りに入ることで)耕作放棄地が荒れるのを防ぐのも、立派な自然エネルギー利用でしょう」。

 

▪養豚が担う循環型生活▪

 

耕作放棄地にブタ40頭を放牧し、雑草を食べさせて農地に戻す循環型生活

 氏本長一さんが営む島でただ1軒の養豚業も、循環型生活の一翼を担う。ブタ40頭を耕作放棄地に放牧し、雑草を食べさせて農地に回復させる。イノシシやサルなどの野生動物がおらず、伝染病が広まりにくい離島なればこその飼い方だ。家庭の生ごみ、魚の内臓、野菜くず、特産のミカン・ビワのくずなどを、島内7カ所のコンテナに投げ入れてもらい、朝、氏本さんが回収し、ブタの餌にする。「人の暮らしをフォローするのが、家畜の役割。放牧のブタは、健康で医薬品いらず。内臓まですべておいしく食べられる」とのことで、東京や京都の料理店に卸している。

 「小さな島なので大規模化はしない。電力も、原発1基で何百万世帯に配電する大規模集約型より、個別分散型の小ぢんまりした自給体制のほうが、本当のセキュリティーになるのでは」と氏本さんは考える。「小さなコミュニティーで、日ごろから意思疎通を図りながらやっている島は、ベクトルが1方向へまとまりやすい」。外来植物の移入を防ぐために祝島自治会が採択した「生態系保全規則」は、法的な拘束力はないものの、住民が新しい動物を飼ったり植物を栽培する際、一旦、立ちどまって考えてもらう契機になっている。

  

▪原発阻止は短期的目標▪

  

 4月11日、山口県の柳井港から着いた定期船は、時ならぬ団体客で満員だった。目的は、島周辺の海域に生息する希少種の海鳥「カンムリウミスズメ」。前日、広島市で開催された「カンムリウミスズメと上関(瀬戸内海)の生物多様性」シンポジウムの参加者で、アメリカ、中国などの鳥類研究者や日本の環境保護団体など40人が、島からさらにチャーター船を出した。祝島と原発予定地の間の海は、海外にまで知られる自然の宝庫だ。

 最近、島に来る若い人が、少しずつ増えている。氏本さん宅の離れで食堂を開く芳川太佳子さんは、昨年11月、広島からやってきた。氏本さんのブタの豚汁、採りたてワカメの木の芽和え……。すべて島内の食材を使ったメニューは島のお客さんにも人気だ。反原発運動で島にきて、アルバイトをしながら滞在する若者もいる。ヒジキの手づくり、ビワの袋かけ、無農薬ビワ茶づくりなど「けっこう田舎で出稼ぎができる」と同時に、高齢化が進む島の労働力を補う。

 福島原発の事故を受けて、中国電力は、原発建設の埋め立て工事を一時中断したが、追加調査は続けている。山戸さんは「原発阻止は短期的目標。さまざまな過程で、人、情報、物が島を出入りし、新しい関係ができることが大事です。そのつながり生かして、今まで以上に環境と調和して生きてゆきたい」と、原発を超えた島の将来へ思いをはせている。

                  (グリーンパワー2011年6月号から転載)

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